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名鉄3500系電車 (2代)

名鉄3500系電車(めいてつ3500けいでんしゃ)は、1993年(平成5年)に登場した名古屋鉄道の通勤形電車。なお本項では、車体・性能・システムが類似し、同じグループとして運用されている3700系電車(3代)・3100系電車についても記述する。概要従来投入されてきた6000系列の後継発展車種として、VVVFインバータ制御、電気指令式ブレーキ等の新機軸を導入のうえ登場した通勤形電車である。3500系・3700系・3100系ともに車体は普通鋼製である。就役後の変化として、1993年から1997年製造の車両は登場時は種別・行先表示器が6000系以来の種別=漢字1文字(「快急」を除く)、行先表示=日本語のみの方式であったが、2005年までに種別を2文字表記とし種別・行先ともに英文字を併記した方式へ変更された。また、EB装置や折りたたみ式の転落防止用外幌なども順次取り付けられている。3500系1993年6月から1996年6月まで製造された、片側3扉で全車両の座席がロングシートの4両固定編成で、豊橋方から ク3500形(Tc1) - モ3550形(M2) - モ3650形(M1) - ク3600形(Tc2) の順に組成される。主電動機の出力を170kWに増強し、GTOサイリスタ素子を用いたVVVFインバータ制御を導入した[1][2]。また、三菱電機のMBS-A方式電気指令式ブレーキを採用しているため、旧来の電磁直通ブレーキシステムを有する6000系・6500系などとの連結運転はできない。電気指令式ブレーキの採用で、名鉄の車両としては初めて一つの主幹制御器で加速・減速操作を行うワンハンドル式が採用された[3]。主幹制御器のノッチは力行5段・中立・常用制動7段・非常制動となっている。客室内の設備として、名鉄では特急車以外で初採用となる号車番号表示器とLED式案内表示器を車端部に設置した。号車番号表示は途中駅から行き先が分かれる列車に便利な機能で、案内表示器には次駅の案内などのほかその時々の速度を数字と電車をかたどったグラフで示す機能もある[4]。ラッシュ対策のため、特に利用客が固まる乗降扉の両脇1人分ずつには座席を設けず立席スペースとし[5]、扉間が6人掛け、中間車の車端部が4人掛けとしてある[6]。しかし実質座席定員が少ないとの指摘を受け、1996年配備の4次車からは1両につき8か所に1人用の補助席を追加した[7]。これは初期製造車の一部にも設置されている(後述)。また、運転席背後には当初から座席を設けず車椅子スペースとしている。4両編成34本136両が在籍する。落成当時、赤い車体に乗降口扉の上半分が灰色に塗られていたが、2000年以後、他の部分と同じ赤色に塗り直された。これは3700・3100系も同じである。また座席のモケットは2種類ある[8]。車体は6500系の6518編成以降をベースとするが、先頭車前面には電気指令式ブレーキを意味する「ECB」 (Electric Command Brake) のプレート[9]が取り付けられ、また正面下部にはスカート(排障器)を設置した。また、正面上部には車両番号が表記されている。正面の車両番号表示は、名鉄における完全新製車では1954年以来、車体更新車でも1966年以来行われていなかった。主電動機、主制御器ともに最初は東洋電機製造製のみであったが、増備車では主電動機に三菱電機製、主制御器に東芝製と三菱電機製が加わった。かご型三相誘導電動機は回転子の構造が単純なため、短時間の過負荷による温度上昇に強く、定格出力は170kWであるが短時間ならば実効出力で250kW以上を発揮できる。また許容回転数も高い。この高出力な電動機によって、通勤車ながらも高速性能は大幅に向上し、就役当初から名古屋本線の優等列車で120km/h運転を実施した[10]。ただし、高速性能を最重視していることもあり、逆に加速度は2.0km/h/sと日本の在来線VVVF車両としては最低ランクに位置する[11]。なお最新の特急車2000系においても、搭載モーターや基本的な走行性能は本系列をベースとしている。総数136両は名鉄では6000系に次ぐ2位だが、それを僅か4年間で投入しており新造ペースに関しては現有車両の中で1位である。  製造年次による相違点1次車 3501F - 3504F1991年より犬山線などに暫定的に投入されていた100系200番台が本来の使用目的である名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)鶴舞線への直通運用に充当されることになったため、その代替用として1993年6月から7月にかけて4本16両が製造された。当初はまだ3100系が製造されておらず本系列自体も車両数が少なく柔軟な運用が組みにくかった[12]ため、急行にはあまり運用されず普通列車を中心に運用されていた。このグループのみ6000系などと同じ従来型の列車無線アンテナを装備する。なお、本系列の全体定員は座席を切り詰めたことにより100系[13]よりも僅かに多くなっている。2次車 3505F - 3511F1994年3月から4月にかけて7本28両が製造された。1次車と基本的に同じ仕様であるが、このグループより列車無線アンテナの形状が変わり以後の新造車両ではこのタイプのものが採用されている。3509Fの岐阜方先頭車のク3609は1995年9月より試験的に折り畳み式補助椅子を設置し翌年の増備車で採用された他、1997年には3509Fの他の3両と3508Fにも設置された。また、3509Fは2000年に本系列としては最初に英字併記方向幕に交換された。このグループの落成により、当時新岐阜→東岡崎間[14]に平日の朝に1本だけ残っていた全車一般席特急[15]の運用にも就くようになった。3次車 3512F - 3521F1995年4月に3512F - 3517F、6月に3518F - 3521Fの計10本40両が製造された。このうち3517Fまでは2次車までと同様、制御装置、主電動機ともに東洋電機製のものを装備するが、3518Fと3519Fは制御装置に東芝製、主電動機に三菱製のものを、3520Fと3521Fは制御装置、主電動機ともに三菱製のものが新たに採用され、変調音が少々変化しているほか、1995年以降からの東洋電機製造のVVVFインバータ装置などの電装品には、会社名を表すTDK刻印ロゴから、プレート式のものに変更となった。この増備で、広見線新可児 - 御嵩間や尾西線新一宮 - 森上間など支線にも入線するようになった。ちなみに1995年の名鉄での新製車両は本系列のみでクロスシート車の新製が皆無であった。この3次車導入により、6000系16両が瀬戸線に転属、3780系の一部が代替廃車された。4次車 3522F - 3526F1996年2月に6本24両が製造された。ク3609でテストされていた折り畳み式補助椅子が本格採用され、各車両に8名分ずつ設置された。またドアチャイムが設置され、以後の新造車で標準装備となったほか、6000系などの一部の車両にも改造で取り付けられた。さらには冷房装置を低騒音型のものに、冷房装置などサービス機器に電力を供給するSIVをGTOサイリスタ方式からIGBT方式のものに変更した。室内では天井中央部の高さが僅か1cmであるが高くなった。なお、全編成とも制御装置、主電動機ともに東洋電機製である。5次車 3527F - 3534F1996年4月に8編成32両が製造された。基本的に4次車と同じ仕様であるが、このうちの3529F - 3532Fでは制御装置に東芝製、主電動機に三菱製のものを、3533Fと3534Fでは制御装置・主電動機ともに三菱製のものを装備する。3534Fの豊橋方2両は落成時から1か月ほどの間、モノリンク式ボルスタレス台車が試用されていた。2008年1月時点ではク3534のみこの時とは別の密閉軸受式モノリンク台車を試験装着している。上記4次車とこの5次車の増備により、6000系の5 - 8次車の中間車のみ12両を瀬戸線に転用させることで、HL車全廃・モ800形(初代)営業運転終了・7300系の一部廃車といった動きがあり、名鉄の1500V線区での冷房化率は100%となった[16] 。さらに、6000系列については豊橋までの定期運用が消滅した[17]。この増備をもって本系列の製造は終了し、1997年からの新製は下記の3700系となった。また、7000系から連綿と引き継がれてきた小断面車体の製造もこれで最後となった。3700系 (3代)3700系という形式称号は名鉄では3代目となる。3500系の改良型で、1997年から1998年にかけて4両編成5本20両が製造された。編成は豊橋方から ク3700形(Tc1) - モ3750形(M2) - モ3850形(M1) - ク3800形(Tc2)である。動力系や室内などは3500系に準ずるが、パンタグラフには従来タイプの菱形ではなくシングルアーム式のものが採用されたほか、車体断面の形状もそれまでの卵形の形状から側板が垂直の角張った形状に変更して屋根高さが10cm高い3,600mmとなった。そのため側面の印象は阪神電気鉄道5500系あたりに近い[18]。側窓の天地寸法は5cm拡大され880mmとなったが、屋根は肩部のR(曲率半径)が小さく上面のRが大きいため幕板部分が広い。また本系列から車体のみの長さを18,230mmに、連結部の隙間を600mmとした。床面高さは1cm下げられ、ちょうど1,100mmとなった。室内の構成は3500系と同様であるが、車体断面の形が変わったことによる変化の他に、天井の高さが2,235mmに拡大され冷房吹出口が1200系と同様のラインフロー式となり、座席が扉脇まで延長された。したがって折りたたみ式の補助席は設置されていない。扉間の座席は9人掛けとなったが、1人当りの幅は440mmで、その後の標準である470mmに比べると狭い。ただし車端部は470mmを確保している。車体を延長した分だけ、妻面の壁が3500系と比べて厚くなり、そこにLED表示器、消火器、非常扉コックなどを収めている。また側窓の天地寸法拡大によって、荷棚支持金具の形状にも変化が見られる[19]。3500系と同様に電気指令式ブレーキを装備するため、先頭車前面に「ECB」のプレートが装着されているが、そのデザインは変化している。客室容積の拡大に伴い、冷房装置は6000系の能力アップに採用された12,500kcal/hの集約分散式を各車3基搭載するが、室外機カバーの形状は異なる。また車内のLED表示器の文字の書体も3500系とは異なる。種別・行先表示器の表示内容の変遷は前記した。1次車 3701F・3702F1997年に2本8両が製造された。この2本と下記の3100系1次車の製造によって7300系が全廃された。2次車 3703 - 3705F1998年3月に3本12両が製造された。前面窓を8cm上げ[20]、新造時から種別・行先表示器にローマ字を併記した字幕を採用し前面・側面ともに1次車よりも表示窓が拡大されている。この3編成と3100系2次車の製造によって7000系が編成単位で廃車されるようになった。本系列は5本が落成したのみで製造を終了し、以後本線系の4両編成通勤形車両は2004年の3300系に移行した。3100系3700系の2両編成版で、1997年から2000年にかけて23本46両が製造された。編成は豊橋方から ク3100形(Tc) - モ3200形(Mc) である。 基本的に自動放送装置などは搭載されていない[21]。1次車 3101F - 3110F1997年3月から4月にかけて10本20両が製造された。車体や客室設備は上記の3700系とほぼ同様で、名鉄の公式サイト等では同系の2両バージョンと位置づけている。しかし制御システムは異なり、VVVFインバータ装置を3500・3700系のGTO素子からIGBT素子(1C1M×4群)に変更し、故障時に対処しやすくなるなど、きめ細かい制御を可能にした。このシステムは、後の新造車にも一部改良の上で採用されている。また、制御装置は三菱製と東芝製のものが採用され、変調音が異なる[22]。制御装置は3101F - 3106Fが東芝製、3107F - 3110Fは三菱製である。3500系・3700系と同じく電気指令式ブレーキを装備するため、先頭車前面に「ECB」のプレートが装着されている[23]。2次車 3111F - 3119F1998年3月から4月にかけて9本18両が製造された。3700系2次車と同様の改良がなされている。制御装置は3115Fまでが三菱製、3116F - 3119Fは東芝製である。3次車 3120F - 3123F2000年4月に4編成8両が製造された。前年に落成した1600系に準じた変更がなされ、運転台モニタの設置や主幹制御器の右手操作型への変更、100系でも採用されている発車予告ブザーの設置、車外スピーカーの設置がされているほか、新製時より転落防止外幌を装備する。また客室側窓の巻上げカーテンはフリーストップ式となった。前照灯は当初シールドビームであったが、のちにこの3次車の全車両がHIDに交換され、以後の新造車両では標準装備となった。また、車体側面の車両番号の表記位置がやや上の位置にずれている。制御装置は3120Fのみ東芝製で、他の3本は三菱製である。なお3121Fは新羽島駅構内で、3123Fは新岐阜駅(現・名鉄岐阜駅)構内で車止めに衝突する事故があった。本系列の製造はこれをもって終了し、以降の本線系通勤形2両編成の製造は2004年登場の3150系に移行した。2002年登場の300系以降、通勤形車両はステンレス製の車体を採用するようになったため、長年の名鉄の象徴であった「赤い電車」が新製されたのは、現時点ではこれが最後となった。また3次車は名鉄にとって20世紀最後の新造車でもある。この3次車8両の導入を受け、同数の6000系が輸送力増強のため、瀬戸線に転出した。なお、2004年5月には当時落成して間もない2000系と併結しての試運転を行ったことがある。運用3500系・3700系両系列で4両編成39本156両、3100系2両編成23本46両の合計62本202両が在籍し、3500系・3700系は3300系と、3100系は3150系と共通運用が組まれ、これらを組み合わせた2 - 8両編成で本線系統で幅広く使用されているが、これら3000番台の形式称号の車両は2009年時点では豊田線や蒲郡線での定期運用はない[24]。以前は小牧線や三河線知立 - 碧南間や広見線新可児 - 御嵩間にも乗り入れていたが、ワンマン運転開始に伴い定期運用がなくなった[25]。また、これまで2000年頃のごく僅かな期間を除いて入線実績のなかった西尾線にも2008年12月のダイヤ改正以降、定期運用が設定された。快速急行以下での使用がメインであるが、2両編成の3100系については3150系とともに主に平日の朝夕ラッシュ時、名古屋本線・常滑線・犬山線の岐阜駅・新鵜沼駅 - 豊橋駅間の特急で2200系や1700-2300系)の増結用としても運用される。2003年3月27日のダイヤ改正以降は、前日限りで定期営業運転を終了した旧3300系に代わって築港線で2両単独で運用されていた。しかし平日は混雑することから、2009年10月3日のダイヤ改正・運用変更以降は築港線は5000系などの4両編成による運行とされた。また、2両編成を3本連結した6両編成の定期運用や2両編成を4本連結した8両編成の回送もみられる。ラッピング車両本系列にはタイアップなどの一環としてラッピングが行われる場合がある。以下はその事例である。パトトレイン2003年春より1年間、愛知県警による防犯PRのため3701Fと3106Fにパトカー風のラッピングが施された。菓子製品(ネスレ「キットカット」)2005年と2006年の受験シーズンには3702Fと3703Fにラッピングがされた。ポケットモンスター関連2007年には3703Fに日本モンキーパークの催事に合わせてラッピングが施され、「ポケモンどきどきぼうけんランド号」として運用された。催事終了後も一部のラッピングを変更して8月末まで使用された。2008年には3701Fが映画作品とのタイアップで「ポケモン ダイヤモンド・パール号」として運用されていた。車外のみならず、天井などの車内にもラッピングが施されていた。2009年も3月2日から3701Fに『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール2009』のラッピングが施され、同年8月31日まで運行される予定である。主要諸元起動加速度:2.0km/h/s(2.5km/h/s準備、設計上は2.8km/h/sまで可能)減速度:3.5km/h/s(常用)4.0km/h/s(非常)最高速度:120km/h(130km/h準備)平坦均衡速度:130km/h以上(M、T同数編成)歯車比:5.65編成このうち、「モ3550形」、「モ3650形」、「モ3750形」、「モ3850形」、「モ3200形」という形式は名鉄においては2代目である。脚注^ 制御器一基で8個の主電動機を駆動する1C8M方式。VVVFインバータ制御自体の導入は100系の6連化用中間車の方が僅かに早かったが、そちらは1C4M方式で電磁直通ブレーキである。^ 変調音は同じ東洋電機製造の制御装置を使用する阪急電鉄8300系や京王帝都電鉄(現・京王電鉄)1000系の第1 - 第9編成のうちの奇数編成のものなどに類似している。^ 名鉄における電気指令式ブレーキの初採用は、1991年に落成したキハ8500系であった。^ 特急用の1000系・1200系と同じく、車掌が所持するICチップで沿線のイベント情報やニュースなどを表示することもできる^ 名鉄では特に短距離乗車の客が扉付近に固執する傾向が他社線よりも強いため、扉数を増やすなどしない限りはやむを得ない手法である。名鉄は第一次オイルショック後の1974年にも、一部の2扉AL車・HL車の扉付近からクロスシートを撤去し立席スペースを増やす策を取っている。^ 公称座席定員はそれぞれさらに1人分ずつ多いが、その場合1人当りの幅は最低基準の400mmとなる。^ 施錠機構が無い簡易な構造。そのため混雑時の使用を牽制する表示が添えられている。^ オリジナルの名残りである紫系と、6000系列で先に採用されていた茶系^ デザイン文字を「VVVF」とする案もあったが、当時既に近鉄1250系などの登場から10年近く経過し他社ではVVVFインバータ制御が普及していて新味に乏しかったことと、名鉄ではむしろブレーキ方式の相違を明確に示す必要があるとの判断からこの表示に決定した。^ 高速域の加速力は1000-1200系4M2T編成に匹敵し、平坦均衡速度は150km/h以上となる(主電動機回転数を度外視した場合)。^ 現在の設定における比較。設計上は2.8km/h/sまで可能であるほか、その後登場した小牧線および上飯田線直通用の300系と瀬戸線用の4000系は同一の出力・歯車比で加速度3.0km/h/sの性能を確保している。^ 4両単独か、本系列を2本併結した8両。^ 4両編成時代は540名であった。^ 行き先は豊橋行きで、東岡崎で1200系6両に車両交換されて、同駅からは一部指定席扱いとなっていた。^ 1995年4月の改正で快速急行に改称、行き先も東岡崎行きとなった。^ ただし、各務原線の田神駅 - 新岐阜駅(現在の名鉄岐阜駅)間に当時乗り入れていた美濃町線電車は除く。^ 後の1998年4月11日から1999年5月9日まで、土休日ダイヤの夕方1往復(新岐阜→豊橋→御嵩)に限り定期運用が復活したことはある。^ ただし扉幅や窓の天地寸法が異なる。側窓が連窓である点は阪神8000系後期車にも類似する。^ 従来は5700系・5300系、7000系白帯車、1200系などが逆への字形である以外、すべてストレートな形状であった。^ 当時の文献の一部に前面窓を上方に名鉄3500系電車(めいてつ3500けいでんしゃ)は、1993年(平成5年)に登場した名古屋鉄道の通勤形電車。なお本項では、車体・性能・システムが類似し、同じグループとして運用されている3700系電車(3代)・3100系電車についても記述する。概要従来投入されてきた6000系列の後継発展車種として、VVVFインバータ制御、電気指令式ブレーキ等の新機軸を導入のうえ登場した通勤形電車である。3500系・3700系・3100系ともに車体は普通鋼製である。就役後の変化として、1993年から1997年製造の車両は登場時は種別・行先表示器が6000系以来の種別=漢字1文字(「快急」を除く)、行先表示=日本語のみの方式であったが、2005年までに種別を2文字表記とし種別・行先ともに英文字を併記した方式へ変更された。また、EB装置や折りたたみ式の転落防止用外幌なども順次取り付けられている。3500系1993年6月から1996年6月まで製造された、片側3扉で全車両の座席がロングシートの4両固定編成で、豊橋方から ク3500形(Tc1) - モ3550形(M2) - モ3650形(M1) - ク3600形(Tc2) の順に組成される。主電動機の出力を170kWに増強し、GTOサイリスタ素子を用いたVVVFインバータ制御を導入した[1][2]。また、三菱電機のMBS-A方式電気指令式ブレーキを採用しているため、旧来の電磁直通ブレーキシステムを有する6000系・6500系などとの連結運転はできない。電気指令式ブレーキの採用で、名鉄の車両としては初めて一つの主幹制御器で加速・減速操作を行うワンハンドル式が採用された[3]。主幹制御器のノッチは力行5段・中立・常用制動7段・非常制動となっている。客室内の設備として、名鉄では特急車以外で初採用となる号車番号表示器とLED式案内表示器を車端部に設置した。号車番号表示は途中駅から行き先が分かれる列車に便利な機能で、案内表示器には次駅の案内などのほかその時々の速度を数字と電車をかたどったグラフで示す機能もある[4]。ラッシュ対策のため、特に利用客が固まる乗降扉の両脇1人分ずつには座席を設けず立席スペースとし[5]、扉間が6人掛け、中間車の車端部が4人掛けとしてある[6]。しかし実質座席定員が少ないとの指摘を受け、1996年配備の4次車からは1両につき8か所に1人用の補助席を追加した[7]。これは初期製造車の一部にも設置されている(後述)。また、運転席背後には当初から座席を設けず車椅子スペースとしている。4両編成34本136両が在籍する。落成当時、赤い車体に乗降口扉の上半分が灰色に塗られていたが、2000年以後、他の部分と同じ赤色に塗り直された。これは3700・3100系も同じである。また座席のモケットは2種類ある[8]。車体は6500系の6518編成以降をベースとするが、先頭車前面には電気指令式ブレーキを意味する「ECB」 (Electric Command Brake) のプレート[9]が取り付けられ、また正面下部にはスカート(排障器)を設置した。また、正面上部には車両番号が表記されている。正面の車両番号表示は、名鉄における完全新製車では1954年以来、車体更新車でも1966年以来行われていなかった。主電動機、主制御器ともに最初は東洋電機製造製のみであったが、増備車では主電動機に三菱電機製、主制御器に東芝製と三菱電機製が加わった。かご型三相誘導電動機は回転子の構造が単純なため、短時間の過負荷による温度上昇に強く、定格出力は170kWであるが短時間ならば実効出力で250kW以上を発揮できる。また許容回転数も高い。この高出力な電動機によって、通勤車ながらも高速性能は大幅に向上し、就役当初から名古屋本線の優等列車で120km/h運転を実施した[10]。ただし、高速性能を最重視していることもあり、逆に加速度は2.0km/h/sと日本の在来線VVVF車両としては最低ランクに位置する[11]。なお最新の特急車2000系においても、搭載モーターや基本的な走行性能は本系列をベースとしている。総数136両は名鉄では6000系に次ぐ2位だが、それを僅か4年間で投入しており新造ペースに関しては現有車両の中で1位である。  製造年次による相違点1次車 3501F - 3504F1991年より犬山線などに暫定的に投入されていた100系200番台が本来の使用目的である名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)鶴舞線への直通運用に充当されることになったため、その代替用として1993年6月から7月にかけて4本16両が製造された。当初はまだ3100系が製造されておらず本系列自体も車両数が少なく柔軟な運用が組みにくかった[12]ため、急行にはあまり運用されず普通列車を中心に運用されていた。このグループのみ6000系などと同じ従来型の列車無線アンテナを装備する。なお、本系列の全体定員は座席を切り詰めたことにより100系[13]よりも僅かに多くなっている。2次車 3505F - 3511F1994年3月から4月にかけて7本28両が製造された。1次車と基本的に同じ仕様であるが、このグループより列車無線アンテナの形状が変わり以後の新造車両ではこのタイプのものが採用されている。3509Fの岐阜方先頭車のク3609は1995年9月より試験的に折り畳み式補助椅子を設置し翌年の増備車で採用された他、1997年には3509Fの他の3両と3508Fにも設置された。また、3509Fは2000年に本系列としては最初に英字併記方向幕に交換された。このグループの落成により、当時新岐阜→東岡崎間[14]に平日の朝に1本だけ残っていた全車一般席特急[15]の運用にも就くようになった。3次車 3512F - 3521F1995年4月に3512F - 3517F、6月に3518F - 3521Fの計10本40両が製造された。このうち3517Fまでは2次車までと同様、制御装置、主電動機ともに東洋電機製のものを装備するが、3518Fと3519Fは制御装置に東芝製、主電動機に三菱製のものを、3520Fと3521Fは制御装置、主電動機ともに三菱製のものが新たに採用され、変調音が少々変化しているほか、1995年以降からの東洋電機製造のVVVFインバータ装置などの電装品には、会社名を表すTDK刻印ロゴから、プレート式のものに変更となった。この増備で、広見線新可児 - 御嵩間や尾西線新一宮 - 森上間など支線にも入線するようになった。ちなみに1995年の名鉄での新製車両は本系列のみでクロスシート車の新製が皆無であった。この3次車導入により、6000系16両が瀬戸線に転属、3780系の一部が代替廃車された。4次車 3522F - 3526F1996年2月に6本24両が製造された。ク3609でテストされていた折り畳み式補助椅子が本格採用され、各車両に8名分ずつ設置された。またドアチャイムが設置され、以後の新造車で標準装備となったほか、6000系などの一部の車両にも改造で取り付けられた。さらには冷房装置を低騒音型のものに、冷房装置などサービス機器に電力を供給するSIVをGTOサイリスタ方式からIGBT方式のものに変更した。室内では天井中央部の高さが僅か1cmであるが高くなった。なお、全編成とも制御装置、主電動機ともに東洋電機製である。5次車 3527F - 3534F1996年4月に8編成32両が製造された。基本的に4次車と同じ仕様であるが、このうちの3529F - 3532Fでは制御装置に東芝製、主電動機に三菱製のものを、3533Fと3534Fでは制御装置・主電動機ともに三菱製のものを装備する。3534Fの豊橋方2両は落成時から1か月ほどの間、モノリンク式ボルスタレス台車が試用されていた。2008年1月時点ではク3534のみこの時とは別の密閉軸受式モノリンク台車を試験装着している。上記4次車とこの5次車の増備により、6000系の5 - 8次車の中間車のみ12両を瀬戸線に転用させることで、HL車全廃・モ800形(初代)営業運転終了・7300系の一部廃車といった動きがあり、名鉄の1500V線区での冷房化率は100%となった[16] 。さらに、6000系列については豊橋までの定期運用が消滅した[17]。この増備をもって本系列の製造は終了し、1997年からの新製は下記の3700系となった。また、7000系から連綿と引き継がれてきた小断面車体の製造もこれで最後となった。3700系 (3代)3700系という形式称号は名鉄では3代目となる。3500系の改良型で、1997年から1998年にかけて4両編成5本20両が製造された。編成は豊橋方から ク3700形(Tc1) - モ3750形(M2) - モ3850形(M1) - ク3800形(Tc2)である。動力系や室内などは3500系に準ずるが、パンタグラフには従来タイプの菱形ではなくシングルアーム式のものが採用されたほか、車体断面の形状もそれまでの卵形の形状から側板が垂直の角張った形状に変更して屋根高さが10cm高い3,600mmとなった。そのため側面の印象は阪神電気鉄道5500系あたりに近い[18]。側窓の天地寸法は5cm拡大され880mmとなったが、屋根は肩部のR(曲率半径)が小さく上面のRが大きいため幕板部分が広い。また本系列から車体のみの長さを18,230mmに、連結部の隙間を600mmとした。床面高さは1cm下げられ、ちょうど1,100mmとなった。室内の構成は3500系と同様であるが、車体断面の形が変わったことによる変化の他に、天井の高さが2,235mmに拡大され冷房吹出口が1200系と同様のラインフロー式となり、座席が扉脇まで延長された。したがって折りたたみ式の補助席は設置されていない。扉間の座席は9人掛けとなったが、1人当りの幅は440mmで、その後の標準である470mmに比べると狭い。ただし車端部は470mmを確保している。車体を延長した分だけ、妻面の壁が3500系と比べて厚くなり、そこにLED表示器、消火器、非常扉コックなどを収めている。また側窓の天地寸法拡大によって、荷棚支持金具の形状にも変化が見られる[19]。3500系と同様に電気指令式ブレーキを装備するため、先頭車前面に「ECB」のプレートが装着されているが、そのデザインは変化している。客室容積の拡大に伴い、冷房装置は6000系の能力アップに採用された12,500kcal/hの集約分散式を各車3基搭載するが、室外機カバーの形状は異なる。また車内のLED表示器の文字の書体も3500系とは異なる。種別・行先表示器の表示内容の変遷は前記した。1次車 3701F・3702F1997年に2本8両が製造された。この2本と下記の3100系1次車の製造によって7300系が全廃された。2次車 3703 - 3705F1998年3月に3本12両が製造された。前面窓を8cm上げ[20]、新造時から種別・行先表示器にローマ字を併記した字幕を採用し前面・側面ともに1次車よりも表示窓が拡大されている。この3編成と3100系2次車の製造によって7000系が編成単位で廃車されるようになった。本系列は5本が落成したのみで製造を終了し、以後本線系の4両編成通勤形車両は2004年の3300系に移行した。3100系3700系の2両編成版で、1997年から2000年にかけて23本46両が製造された。編成は豊橋方から ク3100形(Tc) - モ3200形(Mc) である。 基本的に自動放送装置などは搭載されていない[21]。1次車 3101F - 3110F1997年3月から4月にかけて10本20両が製造された。車体や客室設備は上記の3700系とほぼ同様で、名鉄の公式サイト等では同系の2両バージョンと位置づけている。しかし制御システムは異なり、VVVFインバータ装置を3500・3700系のGTO素子からIGBT素子(1C1M×4群)に変更し、故障時に対処しやすくなるなど、きめ細かい制御を可能にした。このシステムは、後の新造車にも一部改良の上で採用されている。また、制御装置は三菱製と東芝製のものが採用され、変調音が異なる[22]。制御装置は3101F - 3106Fが東芝製、3107F - 3110Fは三菱製である。3500系・3700系と同じく電気指令式ブレーキを装備するため、先頭車前面に「ECB」のプレートが装着されている[23]。2次車 3111F - 3119F1998年3月から4月にかけて9本18両が製造された。3700系2次車と同様の改良がなされている。制御装置は3115Fまでが三菱製、3116F - 3119Fは東芝製である。3次車 3120F - 3123F2000年4月に4編成8両が製造された。前年に落成した1600系に準じた変更がなされ、運転台モニタの設置や主幹制御器の右手操作型への変更、100系でも採用されている発車予告ブザーの設置、車外スピーカーの設置がされているほか、新製時より転落防止外幌を装備する。また客室側窓の巻上げカーテンはフリーストップ式となった。前照灯は当初シールドビームであったが、のちにこの3次車の全車両がHIDに交換され、以後の新造車両では標準装備となった。また、車体側面の車両番号の表記位置がやや上の位置にずれている。制御装置は3120Fのみ東芝製で、他の3本は三菱製である。なお3121Fは新羽島駅構内で、3123Fは新岐阜駅(現・名鉄岐阜駅)構内で車止めに衝突する事故があった。本系列の製造はこれをもって終了し、以降の本線系通勤形2両編成の製造は2004年登場の3150系に移行した。2002年登場の300系以降、通勤形車両はステンレス製の車体を採用するようになったため、長年の名鉄の象徴であった「赤い電車」が新製されたのは、現時点ではこれが最後となった。また3次車は名鉄にとって20世紀最後の新造車でもある。この3次車8両の導入を受け、同数の6000系が輸送力増強のため、瀬戸線に転出した。なお、2004年5月には当時落成して間もない2000系と併結しての試運転を行ったことがある。運用3500系・3700系両系列で4両編成39本156両、3100系2両編成23本46両の合計62本202両が在籍し、3500系・3700系は3300系と、3100系は3150系と共通運用が組まれ、これらを組み合わせた2 - 8両編成で本線系統で幅広く使用されているが、これら3000番台の形式称号の車両は2009年時点では豊田線や蒲郡線での定期運用はない[24]。以前は小牧線や三河線知立 - 碧南間や広見線新可児 - 御嵩間にも乗り入れていたが、ワンマン運転開始に伴い定期運用がなくなった[25]。また、これまで2000年頃のごく僅かな期間を除いて入線実績のなかった西尾線にも2008年12月のダイヤ改正以降、定期運用が設定された。快速急行以下での使用がメインであるが、2両編成の3100系については3150系とともに主に平日の朝夕ラッシュ時、名古屋本線・常滑線・犬山線の岐阜駅・新鵜沼駅 - 豊橋駅間の特急で2200系や1700-2300系)の増結用としても運用される。2003年3月27日のダイヤ改正以降は、前日限りで定期営業運転を終了した旧3300系に代わって築港線で2両単独で運用されていた。しかし平日は混雑することから、2009年10月3日のダイヤ改正・運用変更以降は築港線は5000系などの4両編成による運行とされた。また、2両編成を3本連結した6両編成の定期運用や2両編成を4本連結した8両編成の回送もみられる。ラッピング車両本系列にはタイアップなどの一環としてラッピングが行われる場合がある。以下はその事例である。パトトレイン2003年春より1年間、愛知県警による防犯PRのため3701Fと3106Fにパトカー風のラッピングが施された。菓子製品(ネスレ「キットカット」)2005年と2006年の受験シーズンには3702Fと3703Fにラッピングがされた。ポケットモンスター関連2007年には3703Fに日本モンキーパークの催事に合わせてラッピングが施され、「ポケモンどきどきぼうけんランド号」として運用された。催事終了後も一部のラッピングを変更して8月末まで使用された。2008年には3701Fが映画作品とのタイアップで「ポケモン ダイヤモンド・パール号」として運用されていた。車外のみならず、天井などの車内にもラッピングが施されていた。2009年も3月2日から3701Fに『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール2009』のラッピングが施され、同年8月31日まで運行される予定である。主要諸元起動加速度:2.0km/h/s(2.5km/h/s準備、設計上は2.8km/h/sまで可能)減速度:3.5km/h/s(常用)4.0km/h/s(非常)最高速度:120km/h(130km/h準備)平坦均衡速度:130km/h以上(M、T同数編成)歯車比:5.65編成このうち、「モ3550形」、「モ3650形」、「モ3750形」、「モ3850形」、「モ3200形」という形式は名鉄においては2代目である。脚注^ 制御器一基で8個の主電動機を駆動する1C8M方式。VVVFインバータ制御自体の導入は100系の6連化用中間車の方が僅かに早かったが、そちらは1C4M方式で電磁直通ブレーキである。^ 変調音は同じ東洋電機製造の制御装置を使用する阪急電鉄8300系や京王帝都電鉄(現・京王電鉄)1000系の第1 - 第9編成のうちの奇数編成のものなどに類似している。^ 名鉄における電気指令式ブレーキの初採用は、1991年に落成したキハ8500系であった。^ 特急用の1000系・1200系と同じく、車掌が所持するICチップで沿線のイベント情報やニュースなどを表示することもできる^ 名鉄では特に短距離乗車の客が扉付近に固執する傾向が他社線よりも強いため、扉数を増やすなどしない限りはやむを得ない手法である。名鉄は第一次オイルショック後の1974年にも、一部の2扉AL車・HL車の扉付近からクロスシートを撤去し立席スペースを増やす策を取っている。^ 公称座席定員はそれぞれさらに1人分ずつ多いが、その場合1人当りの幅は最低基準の400mmとなる。^ 施錠機構が無い簡易な構造。そのため混雑時の使用を牽制する表示が添えられている。^ オリジナルの名残りである紫系と、6000系列で先に採用されていた茶系^ デザイン文字を「VVVF」とする案もあったが、当時既に近鉄1250系などの登場から10年近く経過し他社ではVVVFインバータ制御が普及していて新味に乏しかったことと、名鉄ではむしろブレーキ方式の相違を明確に示す必要があるとの判断からこの表示に決定した。^ 高速域の加速力は1000-1200系4M2T編成に匹敵し、平坦均衡速度は150km/h以上となる(主電動機回転数を度外視した場合)。^ 現在の設定における比較。設計上は2.8km/h/sまで可能であるほか、その後登場した小牧線および上飯田線直通用の300系と瀬戸線用の4000系は同一の出力・歯車比で加速度3.0km/h/sの性能を確保している。^ 4両単独か、本系列を2本併結した8両。^ 4両編成時代は540名であった。^ 行き先は豊橋行きで、東岡崎で1200系6両に車両交換されて、同駅からは一部指定席扱いとなっていた。^ 1995年4月の改正で快速急行に改称、行き先も東岡崎行きとなった。^ ただし、各務原線の田神駅 - 新岐阜駅(現在の名鉄岐阜駅)間に当時乗り入れていた美濃町線電車は除く。^ 後の1998年4月11日から1999年5月9日まで、土休日ダイヤの夕方1往復(新岐阜→豊橋→御嵩)に限り定期運用が復活したことはある。^ ただし扉幅や窓の天地寸法が異なる。側窓が連窓である点は阪神8000系後期車にも類似する。^ 従来は5700系・5300系、7000系白帯車、1200系などが逆への字形である以外、すべてストレートな形状であった。^ 当時の文献の一部に前面窓を上方に

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